蚕堂(馬鳴堂:めみょうどう)

本尊 馬鳴菩薩めみょうぼさつ

蚕を始め、動物、ペットの守護仏
ファッション、デザインを始め糸偏のお仕事の守護仏

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 蚕堂(馬鳴堂)の由来

寂光院には境内のあちこちにお堂が立ち並んでいます。 山上には平成の大修理を終えた本堂と随求堂(国登録文化財)を中心として、 鐘楼堂、筆弘法十二支展望台が、本堂裏には蚕堂、弁天堂(国登録文化財)が立ち並んでいます。

実は寂光院に現存するお堂で建立年代が一番古いのが蚕堂です。 堂内にご本尊馬鳴菩薩のお厨子がございますが、その鍵が歴代の住職に伝承されてまいりました。 それには以下のように記されております。

文政六年(1823年)正月十七日再建
番匠 竹中和泉掾
(竹中第九代目当主)

本尊 馬鳴菩薩のお厨子の鍵(全体)
柄の部分

柄の部分


 三ガ四日(3月4日)、四ガ三日(4月3日)大祭

犬山周辺、いや尾張、美濃一円は養蚕業の盛んなことで全国でも有名でした。
扶桑町はその名の通り桑畑の多い地域でした。この蚕堂の大祭が3月4日、4月3日でありました。 とにかくその日は参詣する人で寂光院の近辺は身動き出来ぬほど、幹線道路犬山の魚屋町、余坂町の 商店街は大層な賑わいであったそうです。
しかし、戦後は化学繊維に押されて、養蚕業は元気を失い、昭和34年の伊勢湾台風がさらに追い打ちを かけたといわれています。
実は寂光院の蚕堂も伊勢湾台風で倒壊、その後、費用の面で縮小されて復元され、現在のお堂に なったと伝えられています。

 馬鳴菩薩御影(めみょうぼさつみえ)

江戸時代後期より当山に伝わる版木による養蚕守護札

白馬に乗り、白い衣を着て、花の冠をかぶり、
右手に桑の枝、左手に蚕のまゆ玉(絹糸)を持つ

 
下の画像は養蚕守護のお札様として蚕、機織り、衣料販売に携わる皆さまの 心のよりどころとされてきました。
この菩薩様のお名前はその美しいお姿には不似合いな「馬が鳴く」と書きますが、 伝説によれば、この菩薩様が誕生された時、多くの馬が感動して鳴き声を上げたとか、 この菩薩様は美しい声で説法されるので多くの馬が鳴き声をあげて感動を表現した という故事にちなんで名付けられたそうです。

 紅葉の中の馬鳴堂


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